第4話: ホワイトボード戦争

ゆみこちゃん、ついに家出

「ホワイトボードを使って文法を説明してほしい。」

ユウくん (English Grammar in Use)を使ったレッスンが、双方にとっていまいちピンときていない中、次に考え出したのは他力多読であった。当時ゆみこちゃんがハマっていたドラマ Sherlockのスクリプトを読んでみたいということで、もちろん最初は「今の英語力では無謀でしょうか?」という相談を受けた。いわゆる「教材」的な英語を離れ、リアルな英語と格闘することになるわけだから、題材の難易度としては格段に上がることになる。

それでも、ガリレオ自身が高校時代に Harry Potterの原書を背伸びしてでも読んでみて、それが後々の自信につながった経験を持っていることから、本人の「これを読んで理解したい!」という強い気持ちとガリレオの解説を組み合わせれば、どうにかやっていけるのではないか?と、Sherlockのドラマスクリプトを用いたレッスンを始めてみることにした。

しかし、ガリレオが Harry Potterを読んだ際には、高校英文法までの基礎が身についていたのに対し、この時のゆみこちゃんにはそれがなかったわけであり、結局スクリプト上に現れた文法項目を散発的に解説するのに時間がかかりすぎてしまい、50分のレッスンで3~4文ほど読み進められるか…といった状態であった。

それでも Sherlockのスクリプトを読み解こうともがく中、やはり根本的な英文法の知識を体系立てて身に付けることが不可欠であるという確信を強めていったゆみこちゃんは、今思えば至極あたりまえな要求を伝えてきた。「ホワイトボード代は負担するし、ホワイトボードを使った説明ができるようになれば、他の生徒との授業でもガリレオの授業がさらに魅力的になるはず。」と、プレゼンにも力がこもる。

ガリレオの英文法解説力にホワイトボード導入で視覚的な解説も加われば、ついに積年のネックで合った文法力不足を乗り越えられる。ゆみこちゃんも必死だったのは間違いない。ところが当時のガリレオはというと、「オンライン英語教師」として技術を活用した授業方法の模索にばかり心が向いており、ガリレオに絶大な信頼を置いてくれた上でのゆみこちゃんの懸命なアピールにも、なかなか首を縦に振ることはなかった。Google Driveの描写ツールを使ってみたり、ペンタブを買ってみたりと、色々な“代替案”を示そうとしてみたが、結局ガリレオの顔が映らないか、映ったとしてもワイプのような小窓表示となり、ただ画面上でカーソルが動くだけだと「眠くなる」このホワイトボード戦争から数年経った今でも、例えば「教育系 YouTuber=黒板/ホワイトボードの前で授業をする YouTuber」こそ台頭すれど、「電子黒板/スライド+音声」スタイルの動画が少なくとも絶大な人気とまではなりにくいのも、同じ理由からであろう。結局、せっかく買ったペンダブは、現在では「電子辞書を置いておく板」となっている…

懸命に訴え続けても報われず、「この先生は、自分が力をつけるために絶対に必要としている『ホワイトボードを使った文法解説』はしてくれないんだ…」と失意の底に沈んだゆみこちゃんは、ついに詳細な文法解説を提供してくれる先生を探して家出”する。その時のゆみこちゃんの生徒プロフィールたるや、「最初の授業で自己紹介を聞いて『結構しゃべれる』と早合点しないでください。周りの人たちに負担をかけることなく、きちんとした意思疎通をするためには文法力が足りないということを自覚しています。英文法を基礎からしっかりと教えてくれる授業を希望します。」と、実力と課題を正しく理解した上で適切な授業を施せる講師をなんとしてでも探し当てようとする気概が伺えるものであった。しかしながら、ガリレオに並べるような師が見つかるはずもなく、試しに受けてみた授業では「更家さん、これは簡単なSVCの文ですよ」などと言われてしまう始末だったそうである。

ちょうどその頃、ガリレオも大学での TOEIC講座を担当することとなり、久しぶりに教室で黒板の前に立って授業する機会を得て、そのスタイルの効果を再確認していた。ゆみこちゃんの「やはりガリレオに頼みたい」という思いとも重なり、ついに脚付きホワイトボード(1号)がガリレオの自宅の一室に導入されることになったのだが…

 

安物買いの二度手間男

ホワイトボード(1号)導入後、確かに授業の質は格段に向上した。複雑な文構造も、修飾-被修飾関係や並列構造を色分け・図示が容易になり、授業内容としても、一度中学の検定教科書の文法コーナーまで戻り、続いてガリレオが高校時代の授業で使われていた教材を用いての重要構文の解説を集中的に行ったことで、現在のゆみこちゃんのベースを形作る英文法力が築かれていったのだ。

…が、最初のホワイトボードを選ぶとき、「本当にそれで良い?」と尋ねられながらも、なまじっか「費用を負担していただく」という意識が頭にあり、比較的安価なスチール製を選んだことが、後々の失敗につながってしまう。

きっかけとなったのは、2015年8月に、大学からの友人である中西恵人さんの英語総合トレーニング塾で共同開催した英語セミナー。中西さんから「こだわって買った」とは聞いていた、ホーロー製のホワイトボードの書き味と、そして何より書いたものが軽くこするだけで気持ち良いくらいに消える感覚に、思わず「こ れ は ず る い !」と実際に言ってしまった。そのセミナーには、ちょうど帰国中だったゆみこちゃんも参加してくれていて、ホーロー製ホワイトボードの素晴らしさをお互い目の当たりにしてしまった以上、すぐに「これ要るだろ」という話になり、結局は最初に遠慮してしまったばっかりに、かえって余計な負担をかけてしまうことになった。

これは、ガリレオの人生観そのものにも関わる大きな反省となっており、この一件以来、本当に人生を豊かにすることに繋がるものに関しては、金額で妥協せず、心から納得できるものを選ぶようにしている。ゆみこちゃんには、様々な意味でご迷惑をおかけしてしまったが、家出しつつもベースのところではガリレオを信頼し続けてくれ、ガリレオの指導力を最大限に発揮できる chalk & talkのスタイルに帰着するきっかけを与えてくれたことに、心から感謝している。


時は流れても生き続ける反省 

この「ホワイトボード戦争」から幾年も経った 2023年1月、ガリレオ研究室の YouTubeチャンネルでは新年最初の投稿として以下の動画をアップしました。ゆみこちゃんには、「ビリゆみ初期からすると『どの口が言うとんねん!』って話だよね…」と改めて反省しながら、動画公開のお知らせを送ったのでしたが、やはりこの時の一件が、今でもガリレオ研究室の指導に大きな影響を与えるターニングポイントとなったことは間違いありません。